空家,福岡,和風建築

朝倉市H商店

朝倉で代々続いた造り酒屋だったというH商店。
かつては、周辺に広大な田畑を持ち、日本酒の命である湧水を美味しく保つために、たくさん山林を持っていたという。
戦後、酒造りは止めてしまったが、その主屋と庭園、隣接する酒蔵には、明治から昭和にかけて、盛んに酒造りが行われ ていた面影が深く残っている。
「H商店」と書かれた主屋の戸を潜ると、以前は帳場であったのだろうか、広い土間と仕切られた小さな執務スペースに迎えられる。
びっくりするのは、このまま住めるぐらい、良い状態に保たれていること。上がり框を上がると、一階部分は広い和室が6部屋。2部屋、2部屋と建具で仕切ってあるが、襖を開ければ、縁側を通して表庭と裏庭と部屋が繋がる一体感。
暑い盛りなのに、涼しい風が通りとても快適である。「近年はこの辺りもとても暑くなってきましたが、ここは、よほどでない限りクーラーは不要です」とのこと。
このまま縁側に座っていると、「ちょっと一杯、冷や酒でも」と言いたくなる。
土間にある階段から、二階に上がってみる。二階は、奥に和室2部屋、手前には土間を跨いで小粋な
橋が架かっており、その先に秘密の小部屋が一つ。「子どもの頃は、ここで暮らしていたんです」と
オーナー様。昔はきっと、皆さんの仕事ぶりや来客の様子を上からこっそり観察していたはずだ。
この主屋を作り上げている建材には、その特徴に合わせた様々な木材が使われている。
一階部分は、緻密な計算のもと組み上げられ、美しく化粧されたヒノキや杉の大木を使った梁や柱があらゆる部分に使われており、見た目に非常に美しい。
反対に、屋根を支える2階部分は、木材の荒々しさを活かした梁と柱の組み上げで構築されてる。それに加え、ケヤキの一枚板を加工して造られている表具や装具、収納可能な工夫を加えた杉板を使った雨戸、建物と一体的に造られている桐簞笥など、建てた当時の細部までのこだわりが、じんじんと伝わってくる。
建物を見に来ていた地元の職人さんがこう言った。

「建築時から相当な時間が経っているのに、仕口や継手に全く隙き間がなく、ゆがみや割れもない。この建物のために、当時一流の職人さんや材木の手配など、かなりの時間と費用を費やしていますね」

「こんな建物はこの辺りにはもう残っていません。大切にして下さい」

敷地内には、他にも、風呂や洗面など水屋がついた離れ、以前は酒造りをしていたという大きな蔵が一棟、庭に涼風を運んでくる庭園などが残っており、昔を偲ばせる。

主屋と違い、いづれも修理や改修など、ある程度手を入れる必要があるが、うまく役立てることができれば面白い仕組みに仕上がるのではないだろうか。
遠い昔の賑わいの香りを色濃く留めた造り酒屋の主屋は、今でも往事のままの貴重な姿を残しており、新たな働きを待ちわびている。
福岡市、天台宗、利生院

利生院 ( 障がい福祉サービス事業所 )

福岡市早良区に建つ天台宗のお堂、利生院。
創建は不明とされているが、敷地内に元文3年建立の 碑が建っていることから、江戸時代享保の前、1738年には庵を構えていたと思われる。
現在の建物は、お堂と主屋に分かれており、築120年以上は経っている。
350年もの間、地域を見守り続け、地域に 愛された、このお堂の最後の堂守さんが亡くなったのが8年前。
「利生院の土地と建物を地域貢献や社会貢献に使って欲しい」という故人の遺志が、ここに実現することとなり、2016年11月1日、精神障害者のための生活訓練事業所として生まれ変わった。
長い歴史に加え、堂守さんの細やかな心遣いと丁寧な手遣いで、とても大事にされてきた建物や庭は未だ気品を保っており、その改築作業には、何よりも庭と建物の調和が求められた。
持ち主や建築士などと細かい協議が行われたが、その結果、古民家の持つ重厚さを十分に活かし、庭と建物の調和を大切にした、木と漆喰がふんだんに使われた和モダンのテイストに統一された室内は、窓の外に広がるお庭の景色とも調和し、とても落ち着く空間へと仕上がった。
心に不安を抱える利用者の方々、利生院とずっと慣れ親しんできた近隣の方々にも好評とのこと。
賑やかな街から少し入った路地の奥に佇む利生院。
森に囲まれて緩やかに流れる時間の中で、お堂の不動明王にも見守られつつ、少しずつ癒されていく。
そんな素敵な施設となっている。